最後の晩餐に何を食べたいか、という重要な問題

人間には、必ず最期の日がある。それは誰にでもやってくるものだし、しかしそれがいつなのかは誰にもわからない。

人生の最後の食事に何を食べたいか、ということを取引先の方と雑談していたことがある。多くの人は、時間をかけて悩んでいたのだが、私はもう随分前から心に決めている。

それは、母の作った味噌汁だ。

しかし、これには大きな問題がある。一般的に考えれば、母の方が先に天へ旅立つわけで、私の最期の日に母が味噌汁を作れるわけがないのだ。

味噌汁は、母の味の典型だと思う。どこの家でも作るものだが、それぞれの家によってその味は全く違う。出汁の取り方、味噌の種類、具材。小さなお椀の中の小さな世界のはずなのに、100の家庭があれば、100の味がある。子供の頃、友達の家へ遊びに行って、ご飯を食べさせてもらうことがあったが、自分の家の味噌汁ほど美味しい味噌汁は他にないと、小学校低学年の私にははっきりとわかっていた。

私の母の味噌汁は何が違うのか。

まず、出汁。我が家は週に1〜2回、2リットルの出汁をとる。
昆布とマグロ節の合わせだし。昆布もマグロ節も、豊洲の業者さんから取り寄せている。両方ともネットで誰でも購入できるものだけれども、一般家庭にしてはあまりにも大量注文なので、すっかり覚えていただいて、こちらの購入ペースを把握していただいているのか、無くなりそうなときに「そろそろどうですか?」とお電話までいただくようになった。おそらく一般家庭でここまで出汁に凝った料理をする家はないだろう。これは母のこだわりだ。

味噌はカクキューの有機大豆八丁味噌。もう長年、この八丁味噌しか使わない。有機大豆使用の八丁味噌で300gで745円とお高めだが、一度これを使ってしまうと、「もう他の八丁味噌は使えない」と思うほど、深みがあって、昆布とマグロ節の出汁との相性も良い。

具材はそのときによって違う。舞茸、しめじ、豆腐、キャベツ、白菜。我が家の場合は常に具材は1種類だが、残っている野菜を上手に使って作ることが多い。子供の頃から、「今日は何の味噌汁かな?」と思いながら帰宅していたし、楽しみだった。


これだけ凝った、そして愛のこもった味噌汁だからこそ、人生の最期の日に食べたい、と思うのだ。最後の晩餐に選ぶのは、100%満足できると確信できる完璧な一品でなければならないから。

しかし、私が最期の日に食べたい母の味噌汁は、決して私の最期の日には食べられないのはすでにわかっているし、そうでなければ親孝行とはいえないと思っている。

だから私の最後の晩餐の夢は、決して叶うことはない。最期の日。最期のベッドの上で、母が味噌汁を持って私を迎えにきてくれるのを待つとしよう。

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この記事を書いた人

株式会社KIZUNA
日本におけるキャスティングとロケコーディネート、マカオ・香港のロケコーディネート・キャスティング・スタッフィング、日本人向けの旅行・視察アテンド業務・プライベートガイドを行っています

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